「モテてしまう」を行動基準にしてもいいと思う

「日めくり」といいつつ、隔週も怪しいのではないかと思えるペースです。ここは一つ心を入れ替えなくてはいけません。

私自身、文章を書くのは苦手ではないのですが、どうも実り多い文章を作ろうとしてカロリーが高くなりがちです。カロリーというと分かりづらいですが、要は情報量です。仕事のメールみたいになってしまうわけです。

この「カロリーの高い文章」というのは非常に読みづらいのです(こんな話を以前もしたような気がします)。なぜかというと、中身の詰まった熟語が多く、ワンワード飛ばすと意味がわからなくなり、読み直す必要があるからです。

ビジネスメールで、こんな前置きは入れませんからね。

さて、今回のテーマは「モテてしまう」です。別に私がモテているわけではありません。むしろモテたい側にいる人間です。この「モテ」について(雑に)考えていきたいと思います。

そもそも、「『モテ』とは一体何なのか?」という問題があります。やはり、これは「異性にセックスシンボルと見られるということではないだろうか」と思うわけです。そういうふうに考えると、「異性として認識はされたいけれど、寝たいと言われるのもどうなのか」というふうにも思うわけです。

そこで出てきたのが「モテてしまう」という行動原理です。さっぱり意味がわかりませんね。

「モテてしまう」というのは実際はモテているわけではないのだけれど、思うに「『これは異性が自分のことを好きになっちゃうかもしれないな』という行動を自分がしたという自己評価」だと思っています。つまり、自己満足なわけです。

これは意外と重要なことで、まず、「自己肯定を他人を介することなくできる」というところです。これだけだとなんだか寂しい人と思われますが、それに加えて「ターゲティングができている」ということでもあります。要は、誰にモテるのかを想定している行動なのです。これは本人が明確に意識していなくても、問い詰めればそのターゲットには辿り着くはずです(それが理想のタイプの妄想の中の異性でことも多いと思います)。

まあ、こういったくだらないことをたらたらと書くなかにも、ちょっとした気づきがあるわけです。

自分が「モテてしまう」と思えることを積み上げることで、実は理想の異性を引き寄せることができるのではないかと思うわけです。これはとても大きな気づきですよ。そう思いません?

これにより、自己肯定感を高めつつ、自堕落な生活を控えるモチベーションになると思われますが、どうでしょう。この切り口での判断基準は気張らなくていいのではないかと思います。

ウザい同僚「えー。なんでそんなことわざわざしてあげるんですか?やめたほうがいいですよ。」

私「えー。でもなんかモテそうじゃないですか。私は気分がいいですよ?」

例えば、今の私ならご飯を食べてすぐ皿洗いするとか「モテてしまう」と思うわけです。超モテそうです。

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