緊急事態宣言解除までの生活を考える

首都圏在住であるため、未だに外出自粛が厳しく要請されている状況だ。ようやく、コロナだけでなく経済にも目が向いてきたこの頃ではあるが、もはや壊滅的状態になるのは避けられないだろう・・・と言われている。

そして、ニュースではあまり取り上げられていないが、サバクトビバッタによる食糧危機である。小麦がなかなか手に入らないのは別に流通ルートが滞っているからだけではなく、小麦を主食とする国が輸出を絞り始めているということもある。

バッタが海を越えてくることはないが、日本の自給率を考えると結構やばいことになる。食べ物で一番まずいのが飼料用の穀物であっというまにストックが尽きてしまう。つまり、国産のお肉も駄目になってしまうということだ。

あとは、油やガスなども供給が絶たれる危険がある。廃炉などと言っている場合ではない。

だからといって電気があれば大丈夫なのかというとそうでもないだろう。インフラのメンテナンスは車で回るだろうし、その燃料がいる。台風被害で停電でもしようものなら、復旧には大変な時間がかかるに違いない。

そうはいっても、個人ではできることは少ない。みんなを動かす力もない。なんとか日々をとんとんで送っている一介の平社員でしかない。が、いまやそれですら大変恵まれた環境といえる状態になってきている。

それでは一体何をしていけばよいのか?・・・と、考えがちではあるが、まずは、やめるところから始めないと、考えるスペースができない。

まずは以下の3つから始めてみた。

  1. ニュースをなるべく見ない
  2. ツイッターをなるべく見ない
  3. Youtubeのチャンネルを絞る

簡単に言えば、心を波立たせる情報にあまり近づかないということである。(こういってはなんだが、全部を完全にやめても時代に取り残されることなんて、ない。)

ニュースは暗いことばかりをいうものだ。ツイッターも文字を追っているとそのうち罵詈雑言に辿り着く。ざっと流して、写真やイラスト程度のツイートでクスリとするくらいがちょうどよい。Youtubeは公式アカウントとかなんとかいっても、コンプライアンスがほとんど働かないものなので、不特定多数のザッピングは「いかがでしたか」ブログを拾うのと変わらない。

こうして情報を絞ると心にスペースができる。

こういったスペースができることを恐れて情報を突っ込んでいたのかもしれないが、それがまた不安を煽ることになっていることを知るべきだ。

いずれ、人は必ず死ぬのだ。

コロナじゃなくても、経済危機に陥らなくても、いつかは年をとって死んでいくのだ。死ぬということを自分にひきつけて考える良い機会だとは思う。

もちろん、それだけでは済まないが、いったん、騒音から離れて落ち着くことから始めなければ、すべてを見誤ってしまう。

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