フツウをフツウにできるようにすること

今日は仕事をしにいくつもりでしたが、きっちり固め直して、万全にしてから、明日から本気だそうと思います。

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全部フツウはフツウじゃない

フツウというのは、いわゆる「いい感じ」ということです。すなわち、すべてがフツウにこなせるということは、全てがいい感じにできる優等生ということなのです。

だから、フツウにできないことを以って、自分を攻め立てるのはちょっと自分をいじめすぎであり、人にフツウを求めるのは要求が高すぎるとも言えます。

全部がフツウな人はエリートなのです。

それでもフツウを求める

人にフツウを求められたからといって、言い訳を並べ立てて、論破したところでなんの成長もありません。

そもそも、なぜその人からフツウを求められているのかというと、そのことによって迷惑を被っているからなのではないでしょうか?

その人が迷惑していなければ、何も言っては来ないはずです。そこは胸に手を当てて自分に聞いてみましょう。

フツウであることの必要最低限の要素は、他の人に迷惑をかけないこと、なのかもしれません。

他人の考えるフツウは知らない

「人に迷惑をかけない」という最低限のフツウを満たしておけば、あとは知ったことではありません。

たくさん読書しようが、運動しようが、神を信じようが、それで人に何を言われても気にしないことです。

そんなところにまでちょっかいを出されないようにするために、「人に迷惑をかけないフツウ」を目指しましょう。

フツウの数字を残していく

目下の私の問題は勤怠です。数字に残るものであり、それによって独り歩きもします。数字は語るものなのです。

記録として残る数字には気をつける必要があります。勤怠もさることながら、お金に関わることも数字として残ります。

逆に考えれば、数字として残るものは比較考量がしやすいため、客観的な判断が下しやすいとも言えますし、努力の成果もわかりやすいと言えます。

得意は得意で突き進む

フツウに生きていくということは、人様にご迷惑をおかけしないように縮こまって生きていくということではありません。

やれることはどんどんやって構いません。得意を潰す必要はないのです。

欠点を矯めることが優先

そうはいっても、「少しぐらいの欠点なら得意が埋めてくれる」なんて思わないことです。少なくとも私の今のところの矯正ポイントはここだと思い定めています。

人様にご迷惑をおかけしてしまうような欠点は直しておかないと、次の段階にはいけません。つまらないところで足を取られることになります。だらしないところはなおしておくに限ります。

得意を伸ばすことを抑えるわけではありませんが、得意を伸ばすことを優先させてはいけません。それはやりたいことだけをやって、後始末を他の人につけてもらっているだけの甘えん坊さんです。

誰かの役に立てるように

「人様のご迷惑にならないように」というスタンスでは、基本が「ごめんなさい」になってしまいます。卑屈になりかねません。

頼られる人になるためには、と考えたときに、いつでも決められた時間に決められた場所にいる人はそれだけで信用ができます。

女性にだらしないということもなく、お金にも困っていなくて、身ぎれいにして、いつもニコニコしているというのも、誰かの役に立てるきっかけになります。

そういうスタンスが正攻法であり、王道であると思うのです。

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