(駄文)食生活のこと

こちらは「垂れ流しの雑感」になります。論拠が曖昧だったり、論旨がふらついたりすることもあるかと思いますが、予めご了承いただきたく存じます。

なんだかこうふわっふわしていて人生クリエイトしている感じがしないので(意識高い系)、いったんまとめてみたいと思っている。モーニングノートを使うという手もあるのだけど、あれは朝の限られた時間の中でデトックスをするという意味のほうが強いので、腰を据えて思いを巡らすということはここでやりたい。

まずは食生活をどうしたらいいものかを考える。

一汁一菜

一汁一菜が一部で見直されているが、気に入らないことが2つばかりある。

1つはおばあちゃんのオカルトじみた迷信まがいの本。「右回りにかき混ぜる」(分からないでもないが南半球なら左回りでしょ?)とか「電子レンジは体に悪い」とか「スーパーで買わずに地元の農家から直接買う」とかを半ば強要してくるのがすごい。これが田舎のおばあちゃんではなく、私と同年代のおっさんの本だったら黙ってゴミ箱である。

自分の認めたものしか食べ物と見なしていないし、そういった意味ではその人は「その人の考える食べ物」を大切にしているのかもしれないが、いかんせん、その「食べ物」の範囲が常識を逸脱しているので、私からすれば食べ物を粗末にしているように見える。かなりいただけない。食品や人の生き方の多様性にもう少し理解を示してほしい。

もう一つは、一汁一菜のススメのような本のアマゾンレビューの印象。

「料理に凝らず、料理する人が楽をするのが一汁一菜のススメ」といわんばかりのレビューばかりが目立つ。そういうことではないとは思うのだが、「作ってあげている」という気持ちで料理をしている人がこんなにも多いのかと頭を抱えたくもなる。不幸ではないか。

一汁一菜に対する私の持論は、「日常食はその時期にある旬の食材の簡単な料理と保存食にして、ハレの日とのメリハリをつけるべきであり、倹約生活とも通ずるものである」ということなのだが、ザッピングしたところ、それが主流というわけではなさそうだ。

なので「一汁一菜やります」と公言するのは少しはばかられる。私には私のコンセプトがあって、それは世の主流とは違うからだ。

ぬか漬け

コンセプトはどうであれ、私は私の一汁一菜をやろうとしている。そうするにあたって、良いなと思ったのがぬか漬けである。ぬか床をつくり育てていくつもりだ。

旬の食材を乳酸菌で発酵させて漬け込んでいくというのは、なんというか、素朴で粋な気がする。菌の力をお借りして、健やかな食生活を送れる気がする。

ただ、このぬか床を作るのにヨーグルトをぶっこんだり、整腸薬を入れたりするのはどうかと思う。乳酸菌と名のつくものが繁殖すればそれでいいのだろうか?それならヨーグルト漬けにでもすればいいと思う。

バランスを考えたら、ぬか床を育てる餌は地元産の野菜くず一択なのだが、何か1ついいと思うと短絡的になってしまうのは人のサガというものなのだろうか。「手っ取り早く」と考えるのも悪くはないが前提や目的を忘れてしまっては元も子もない。

この辺のことをいちいち突っ込んで訂正していたのではこっちの時間もなくなるので、あまり触れないようにはしている。「絵がうまくなる方法」とか「お金持ちになる方法」とか「うつを治す方法」とか「痩せる方法」とか色々あるが、手っ取り早くをうたったものはろくなものじゃない。

要するに「ぬか漬け食べて一汁一菜する」ということです。

次は、運動とか睡眠とか創作活動とかを考えてみようか。

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