ついにはじめる
ジムに戻るお金の算段がつかないので、とうとう大嫌いなジョギングをすることにしました。
ジョギングは自分の体重が負荷になる運動なので、身体を目覚めさせるのにも最適です。
身体をシェイプしたいのなら自分の体重が重いときつい運動がいいに決まっています。だって、身体というのは最適化されるものなんですから。
でも、走るのは嫌いなのです。走るのが目的なんてつらいです・・・。
ああ、水泳がしたかったなぁ・・・。
ツライことはおおごとにしない
「効果測定のために」とか「さぼらないように」とかの理由で、計測をすることに凝る人がいます。私は意外と几帳面ぽい(?)ところがあるので、記録をつけることが楽しいと思うこともありますが、嫌いなジョギングの記録までしっかりつけようなんて思いません。日記や家計簿を1年以上継続してつけられない人は、ジョギングの記録を細かくつけようなんて思わないほうがいいと思います。
嫌いなジョギングの記録は何分走ったかくらいでいいと思っています。少なくとも、走るのが当たり前になる前に、効果測定なんて考えないほうがいいです。ブログ立ち上げたばかりのときにブログのPVなんて気にしないで、記事を書くことに専念したほうがいいのと同じです。
だから、最初にやるのは習慣化させることです。日常に溶けこませることです。
習慣化のメソッド
突然、自己啓発みたいな小見出しがつきました(笑)。
うつの克服という過程で、悪い習慣をひっくりかえして良い習慣をはじめるというメソッドを身につけてしまったので、活用しない手はありません。
とにかく、取り掛かりやすいようにすることに全力を注ぎます。必要なのは根性とか揺るがない信念とかではなく、動線を考えた設計と認識の変更です。
全力を注ぐというと分かりにくいと思うのでポイントをあげます。
- 自分が言い訳しそうなことを先に潰しておく
- 動線を見直す
- ルーティンをつくる
これだけだとまだ分からないですよね。
もうちょっと細かく説明していきます。
自分が言い訳しそうなことを先に潰しておく
言い訳を先にピックアップしておきます。それに対して答えを出しておくのです。
例をあげていきますね。
- 朝、がんばって走ったら仕事に影響がでる
- 夜に走ればいい
- そもそも走ること自体をがんばらなくていい
- 暗くて危ないと思うなら明るいところだけを往復すればいい
- それでは距離が走れないという前にまずはその短い距離を走れ
- 仕事で疲れている日に走るとか逆効果ではないか
- どうせデスクワークなのだから走ったほうが眠れる
- エビデンスもある
- オールアウト(全力を出す)を求めていない
- 「遅刻遅刻~」のダッシュよりも運動強度は低い
- 雨だし、寒いし、これだと風邪をひく
- 寒いから風邪をひくというエビデンスはない
- 寒いならお風呂で暖まってから走ればいい
- 走って体温をあげるほうが風邪にならない
- 雨の中で走って感じる不快はグッズで結構解消できる
- お風呂沸かしてから走ればいい
- ちょっと小走りなんだから人通りのない広い道で傘持って走ってもいい
- 飲みにいけない
- どうせ隣駅のお店なのだから、走り終えてから飲みに行けばいい
- 昼に走ればいい
動線を見直す
何も前触れもなく、きっかけもなく、とにかく走り始めるというのは難しいと思います。生活行動の切り替えのタイミングを捉えて、そこに仕込んでいきます。
- 外から帰ってきたら、そのまま着替えて走りにでかける
ただ、これだけだとこれからの時期、身体が冷えきってお風呂に入りたいこともあるかもしれません。そんなときのパターンも考えておきます。
- お風呂に入って上がったら、そのまま着替えて走りにでかける
お風呂に何度入っても問題はありません。お風呂に入ってから汗をかいてももったいないということはありません。言い訳にしないように気をつけましょう。
着替えるということは着替えるものがそこに無いといけませんが、この準備を走り始める前にやるのでは、障壁になります。予め所定の場所に次のジョギングの準備をしておきましょう。
ルーティンをつくる
ステップを細かく分けすぎたり、走りに行くことをおおごとにするようでは逆効果ですが、3ステップくらいまでのルーティンは考えてもいいかもしれません。
- 「走らないと」と思ったら最初にランニングキャップをかぶる
着替えるときにまた脱いでかぶり直すことにはなりますが、私は私生活で帽子はかぶらないので、帽子をかぶるときはランニングモードという決まりにしてしまいます。
スイッチがはいってしまえば、かぶり直すなんていう手間は、ないに等しいものです。
ただ、一つのルーティンにこだわるのも逆効果になります。会社で走ろうと思ったらキャップをかぶるのはちょっと厳しいですよね?
- 会社で走るときは靴を履き替えてネクタイをとる
ルーティンというよりは、こうしないとちょっと現実的に厳しいというだけですが、逆にこのルーティンを経た走りは、たまたま走ったのではなく、私が公認(?)した「走ると決めて走った」行為となります。
詭弁と思われるかもしれませんが、人は文脈の中で正当性を見つけて生きているので、こういった文脈をつくることは非常に大切なことです。
効率とか効果なんてものは習慣化してから考える
何度も繰り返しますが、走ることをおおごとにしてはいけません。ダッシュをしたり練習をしたりするわけではないのです。走ることに特別な準備は要りません。準備運動も要りません。準備運動程度の強度で走ればいいので、わざわざ準備をしなくていいのです。
大掛かりな準備は言い訳をうみやすくなります。ジョギング用の靴下なんかなくても走れます。ジョギング用の靴でなくても走れます。専用のウエアも要りません。
革靴を履いているときだって電車に間に合うように小走りするでしょう?それよりも遅くていいのですから「ランニングシューズが濡れていて走れない」なんて言い訳になりません。でも流石に革靴で走るのは抵抗あるので、そこは予備を用意しておけばいいだけの話です。
練習をするのではなく、走るという運動のための時間を作るということが最初の土台です。
20分やらないと意味が無いとかアホかと思います。意味が無いわけなんてありません。身体を動かし体温を上げているのですから、意味はあります。効果もあります。気持ちも体も無理をしていないので、結局のところコストパフォーマンスも悪くありません。
毎日やることにします
極端と思われるかもしれませんが、走るという行為自体は普通の動きです。小走り5分なら会社の昼休みにでもできます。汗をかくほどやる必要はないのです。
走る時間を決めて走るというのが普通になってくれば、運動強度をあげることを考えるようになるかもしれません。まずは、「走る時間を決めて走るというのが普通」にするために、毎日走ることにします。
(会社に靴だけもっていって、おいとこ・・・)