いいね!(まだいいね!はありません)
Loading...

(駄文)疲れが溜まるのはなんでだろうか?

こちらは「垂れ流しの雑感」になります。論拠が曖昧だったり、論旨がふらついたりすることもあるかと思いますが、予めご了承いただきたく存じます。

同じことをしていても、気持ちの持ちようによって疲労度が変わるというのはよく知られた話だと思います。

よく出されるのが穴掘りと埋め戻しの強制労働です。

自分のやっていることが何の役にも立っていないと感じると、どんどん疲弊していくわけです。労働には達成感とか存在理由を感じられることが必要なのかもしれません。

それとは別に、遊んでいるときは疲れ知らずというのもあります。

もちろん、底なしではなく、遊び終えたらどっと疲れが出たり、あまりにも夢中で気がついたら体がまったく動かなくなったりすることはあります。

つまりこれは遊び疲れるという状態ではありますが、この疲れが溜まっていくというイメージは湧きません。パタッと寝てスッキリお目覚めのイメージです。

「なんだか疲れが抜けないんだよなぁ・・・」というのは、運動不足というのもあるのかもしれません。

私は結構運動をしている部類ではあると思いますが、「モヤモヤ」の量に対しての運動量が不足している可能性はあります。

私はウツを患っていたことからも、人よりも「モヤモヤ」の発生量が多いか、あるいは処理の仕方が下手ということは十分ありえます。

「モヤモヤ」を気持ちでうまく処理できないのであれば、その処理をする気持ちの切り替えの練習をしていくことで改善が見込めるでしょう。

それはマインドフルネスみたいに、「いま考えてもしょうがないことにとらわれている」と気がつく能力をあげることかもしれませんし、原因と結果の関係を知って納得することかもしれません(因果の理法みたいな?)。

ただ、その「モヤモヤ」に対処する練習をしているあいだ、この目の前にある「モヤモヤ」にはどう対処したらいいのでしょうか?対処できる能力を養うまでは苦しむしか無いのでしょうか?いやいや何かあるはずです。

そういうわけでクローズアップされるのが運動です。

細かい話はあまたに溢れる書籍に譲るとして、「モヤモヤを燃焼させるための運動」という処方箋が結構有効であることは、本能的に知っているはずです。

何か嫌なことがあったとき、外に飛び出してめちゃくちゃに走っていくというシーンはドラマでもよく描かれます。階段をダッシュでのぼったり、河川敷の土手から駆け下りたり・・・。

そこで私ははたと気がついたのです。「モヤモヤを解消するための処方箋としての運動なのに、運動能力向上でモヤモヤとしていたのでは、肝心のモヤモヤが解消されないではないか」と。

ただ運動をすれば良いわけではないのです。穴の埋め戻しだって運動といえば運動です。同じ行動でも、バタバタと倒れていく人がいる一方で、鏡の前で鍛えられた肉体にうっとりする人もいるわけです。

間違えてはいけないのは、「運動能力の向上を目指してストイックに追い込んではいけない」という話をしているわけではないということです。そうではなくて、「モヤモヤ解消の運動と能力向上の運動は完全に重なるものではない」ということです。

ベースのトレーニングは重なる部分もあるでしょうが、「強くなるために追い込む局面」は別のストレスとなるのだと思います。

こういう点からも「ダウンはしっかりやる」のが大切なのかもしれません。ダウンはまさに疲れを抜く運動ですものね。私にはこれが不足しているのかもしれません。運動不足というよりもダウン不足ですね。

要するに「疲れが溜まっていたら、何かバランスが崩れているので、意味や後先を考えて行動(運動・休養・労働)しよう」ということです。
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

水蕗をフォローする

スポンサーリンク

コメントを残す