朝日記「ブログで文章を書くこと」

ここのところ、ブログがご無沙汰でよろしくないと感じている。

世の才ある人たちはご丁寧に「ビューを稼ぐにはー」とか「人の役に立つ話題をー」とか色々いってくれたりするが、そもそも出力がなければ、書き方の試行錯誤もできないし、流れの作り方も分からないわけで、ああだこうだと思い悩んだり、億劫になるくらいなら、もう、書いてしまったほうが成長が早い。

そういうわけで、ガリガリと書いていく。自分のブログなんだし勝手だろう?

どうせ、この文章を一番読むのは自分だろうし、つらつらと長い一文を見て、長すぎたと思ったら手直しをすればいい。文は短くしたほうがいいと声高に叫ぶ書籍もあるが、それは要件を伝えるのが主目的である場合に限ってのことである。(念のためいっておくが、文を短くするのが悪いという話ではない。その書籍においても「要件を伝える技術」として書かれている。

だらだらとした愚痴やお説教感を出すには、一文が長いほうが雰囲気がでる。まったり、のんびりした雰囲気をだすのにも、ちょっと締まりのない方がいい。

適切な行間をとり、区切りをハッキリさせて書けば、長い文であってもそれほど読みづらくはならないと信じている。それでも読みづらいというのであれば、そういう人はもう対象ではないと割り切ってもいいのかもしれない。「そういう人」というのは、具体的には頭のワーキングメモリが足りなくて、一文で3つの話をすると、最初の話を忘れてしまうタイプの人をさしている。

もちろん、仕事のメールは別である。(もう一つ、私の中では例外がある。うつの人を対象とした文章を書く場合だ。うつの人はワーキングメモリが足りなくなってしまっていることが多いので、この人たちに伝えたいことがある場合は、一文は短くしたほうがいいと思っている。

のらりくらりな文章は、読む時間ばかりかかって、相手はすぐに仕事をはじめられないし、やっと仕上げた仕事の確認をするのにも一苦労するものである。

仕事のメールでは上記のことはこんなふうに私は書くだろう。

仕事のメールでは以下の2つの理由により、長々とした一文は控えたほうがいいと考えます。

  1. 読む時間がかかり、すばやく仕事にとりかかれない
  2. 仕事が完了したあとのチェックがしづらい

何かの作業手順書や、込み入った問題を理解してもらうための説明であればこのような書き方がいいのだろう。ただ、少なくとも読むことを楽しむ文章ではない。はっきりいうと詰まらない。仕事でもないのに詰まらない文章を読むだろうか?

まあ、読むかどうかは人それぞれの状況に応じてといったところだろう。

読むのが人それぞれの状況に応じるのであれば、書くのも人それぞれの状況に応じて書けばいいのではないだろうか?

書くからには楽しく書いたほうがいいと思う。もちろん、それは状況にもよるのだろうが、少なくともブログでよもやま話をするときに、「文体がどうこう」「一文の長さがどうこう」という体裁ばかりを気にしていたら、あまり書きたく無くなってくると思う。

「ねえ!聞いて聞いて!」のテンションで書き上げてから、最初のテンションを削らない程度に添削すれば、長く続くし、量も書けて上達するし、何よりやっていて楽しいんじゃないかな。

といったところで、主題もなくたらたらと書き始めていたら、「ブログで楽しく文章を書く」話になってしまった。全然日記ではないけれど、もっとこんな話を書きつけていきたいし、これをこのサイトでの日記としたい。(書き上げてからタイトルを考える雑記=このサイトの日記)

ではまたのちほど。

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