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(駄文)糖質制限とかのこと

こちらは「垂れ流しの雑感」になります。論拠が曖昧だったり、論旨がふらついたりすることもあるかと思いますが、予めご了承いただきたく存じます。
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糖質制限とはなんなのか

これが一番良くわからないです。

起こりは糖尿病の食事として考えられたものだということですが、これが体に及ぼす影響も、糖質制限の目的も様々です。

なんでも制限すればいいというわけではないですが、摂り過ぎてもいけないのは間違いのないことです。要は、いまの摂取量がとりすぎに値するかどうかということですが、これがなかなか分かりません。

私の場合はどちらかといえば、摂取量というよりも、食べた直後にどのくらい血糖値があがるのかということのほうが問題です。なぜならば、上がりすぎた後に下がりすぎる傾向があるからです。要は低血糖症というやつです。

糖が皮下脂肪に変わることに嫌悪感はありませんが、血糖値が乱高下することでホルモンバランスなどが狂ってイライラや不安がつのるのなら、それはゆゆしきことです。

ケトン体

また、ケトン体という代替物質についても不明な点が多いようです。

ただ、ケトン体が増えすぎるとケトアシドーシスになるという判断はちょっと拙速だと思います。ケトアシドーシスの人を調べてみたらケトン体が多いというだけのことで、ケトン体がなにか悪さをしているという証拠にはならないからです。

まるで、疲労物質のように言われた乳酸のようです。乳酸は運動していて酸素が足りなくなってくると溜まってくる物質であって、疲労しているから出る物質であるものの、疲労を引き起こしている物質ではありません。むしろその逆です。

よく、ブドウ糖の代わりにケトン体が使われる例として、イヌイットの話が出てきますが、あまりにもお題目のように言われている割りに、これはこれでピンときません。状況を説明しているだけでメカニズムがわからないからです。もしかしたら何か見落としがあるのかもしれません。

たとえば、日照時間とか、気温とか、紫外線の量とかとのバランスでうまくいっているということもあるかもしれないと個人的には思っています。食べ物だけを真似てもこれはこれで拙速だと思います。

肉や卵

いまや、動物性の脂肪は害をなすものではないとされています。ただ、それは自然に育った(トウモロコシではなく草/拘束されているのではなく放牧)動物の肉の話であって、しかも腿とか肩部分の肉では無いと思います。

フォアグラ(脂肪肝)を食べまくってもロースだけ食べても栄養が足りないと思います。

草食動物はたくさんの草を食べ、草に含まれている微小栄養素をその体に蓄積させます。それをいただく必要があるので、餌と部位が重要になるのは当然のことといえます。

さらに、多くの場所を回って栄養を取り込んでいる動物の肉も必要といえます。そうです。回遊魚です。これによって世界を自ら巡ること無く、微小な栄養素を得ることができます。

人が食べていて「飽きる」という症状が出るというのは、体が食の多様性を求めているということであり、飽きもせずに草をはみつづけている牛を見習えという話ではありません。

食費が上がる

肉を得るにはたくさんの餌となる植物が必要です。肉を得るにはコストがかかるのです。

それに、日本は放牧に適した国土が広いとは言えません。仮に大平原があったとしてはそれは都市となっています。

つまり、日本で肉食を中心に据えるとどうしても食費が上がらざるを得ないのです。

体がなにを望んでどうするのが一番いいのかということを考えても、体は適応するものであるので、気候風土や環境によって、最適解は変わってきます。

とはいえ、戦後、動物性のタンパク質を摂るようになったことで日本人の寿命が伸びたとも言われています。

日本はどう控えめに見ても住みやすい気候風土です。砂漠が広がっているわけでも、鬱蒼とした熱帯のジャングルでもありません。ここでの最適な食生活というものが比較的安価で手に入れられるはずなのです。

砂糖と米

どうも炭水化物とブドウ糖を同じにして話を単純にしている論法が多すぎるように思います。

同じ量を並べてそれを食べるとなったら、気持ちもそうですが体の反応も全然違うじゃないですか。なぜ同じにして単純にしようとするのでしょう。もっと複雑な話のはずです。

砂糖の場合は白だろうがザラメだろうが、煮詰めて凝縮してる時点で、摂取したらパーンと血糖値が上がります。なので、砂糖の甘みをメインとした食べ物は完全に避けてもいいと思います。

そのかわり果物をかじったりして、まるごとそのものいただくのは良いのではないでしょうか。

とはいっても、「まるごといただけばそれでうまく栄養は補われている」というのはちょっと考えることを放棄しているようで好きではありません。安直です。

凝縮したり何かを削ったりすることで微笑栄養素を取りこぼすということがあるというだけのことで、まるごと食べればなんでもOKなんて、キャッチーフレーズにすぎないのではないでしょうか?(例えばそれで本が売れるという思惑を感じてしまいます。)

お米の場合は確かに玄米にそういう面があるでしょうから、白米ではなくて玄米にしてしっかり噛んで食べれば、自ずと白米ほどの量は食べられず、炭水化物を減らすことになるのかもしれません。

白米にしたまま「我慢して半分にしましょう!」というのも変な話です。なぜ、ガマンしないといけないのでしょうか?

白いご飯をパクパク食べてしまうのは、おそらく甘みに最初からアプローチできて、癖がないからだと思います。甘いということは、本能としては飢餓に耐えられるエネルギーを蓄えるチャンスであり、そんな機会は野生にはあまりないので、大量に食べられるように体が順応しているのだと考えることはできないでしょうか?

つまり、「エネルギーを蓄えるチャンス!」と体が思わなければ、我慢しなくても大丈夫なはずなのです。結果的にリバウンドだってしません。

なぜ、規制して努力と根性で抑えこむ方法が好きなのでしょうかね・・・。

要は言われるままに飛びつかずにちゃんと考えようということです。真ん中とっていればOKというのも考えているとは言えません。

はじめは食事と運動のことを書こうと思っていたのですが、だらだらと書いていたら食事の、しかも糖質制限だけでいっぱいになってしまいました。

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