(自戒)苦しくてもやるのがルーティーン

こちらは「自戒の言葉」になります。私自身への戒めの言葉ですので予めご了承ください。

最近、自分がコントロールできていないような気がします。もっというと、主体的に生きていません。場当たり的で時間に追われていて、「そのときに必要に迫られていること」からこなしているように感じます。

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ルーティーンワークの有用性を見直す

ルーティーンにしようと思ったのには理由があるからで、それを忘れないようにして、毎日続ける動機づけにしましょう。

読経も瞑想もモーニングページも心の整理整頓(不要なものを捨てて並べ直す)に必要なことだと考えて実施しているので、そのつもりであたりましょう。

お絵描きは、うまくなるということもそうなんだけれど、まずはソフトの使い方も含めて絵の描き方を忘れないということが重要なポイントとなります。趣味絵の上達もいいのですが、ちょっとしたカットは業務中の作業としてまれに発生するので、そのときになって感覚を呼び戻すようではダメだという判断です。状況を説明する絵がかけるというところが重要なのです。

朝日記と夜日記と週末日記を活用

カテゴリーとして存在はしているものの、最近はさっぱりです。始まりと終わりをきちんと締めるのにも有用な習慣だと思うので、ルーティーンとして採用します。

朝日記は起きてからすぐ書くのではなく、朝ルーティーンを終わらせてから書くこととします。朝日記は会社でも始業前の数分で書くことができるので、朝日記が上がらなかった場合は、よほど余裕がないと見ていいと思います。私自身も朝日記の達成状況で全体的なバイオリズムを観測することができると思います。

夜日記は反省文ではなく、「明日にやりたい楽しいこと」などを洗い出す時間なので、やれるのであればやったほうがいいかもしれませんが、朝ルーティーンとのバランス的にもジョギングの優先順位のほうが上です。

週末日記は反省というか、週次の生活の傾向と対策みたいなものなので、プライオリティは高めに設定します。

ちなみに、「必ず絶対やる」みたいにいわないのは、必ず絶対やれないタイミングがもうすぐ来るからです。小笠原旅行にいくのですが、片道25時間半船に乗るので、そのときに書き物なんかしたら嘔吐してしまいます。それに、半年に一回のオフモードなので、そこに妙な義務感をもってルーティーンを実行するメリットは無いと思っています。飽くまで日常のルーティーンであり、非日常で適用するのは適切ではない場合があります。

要は早起き

就業時間前にたっぷりと時間をとるには、早起きするしかなく、そのためには早寝が必要です。朝、余裕を持って1日を見通して、力配分やちょっとしたイベント(例えば帰宅ラン)を用意することで、充実した1日が送れる可能性が格段にあがります。少なくともこれをしなければ、充実した1日なんて望むべくもありません。

やることは決まっているし、分かっているのだから、もっと高い意識(核爆笑)をもって早起きをしましょう。早起きをしていれば、早寝をするようになるものです。

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